● トリプルネガティブ乳がん2  

● 2018.01.09 Tuesday
年賀状の反応
通院が木曜日になったので、のんびりの火曜日です。もう慣れたと思った微妙な筋肉痛が復活し、ナマケモノぶりを発揮しています。
仕事は14時過ぎに行こうかなと思っています。担当している利用者さんの報告書を書き上げたので、パソコンを開いているうちに書いておきます。
 年賀状に自分の病気のことをさらっと書いたのですが、昨夜は何年かぶりに元同僚から電話。
相変わらずの私の様子に安心してくれてよかったです。その後、アフリカ友達(日本人男性)から電話。奥様が胃がんで亡くなって、私の年賀状を見て気になって電話をしてくれました。


彼の年賀状には奥様の名前も記載してあったので、楽しくやっているのかと思っていました。
9月に見つかってから、1/5に亡くなられたそう。天国から彼を、飲みすぎないようにしっかりと見守ってね。
 そして今日はアフリカ友達(日本人女性)からお見舞いの「Krest」が届きました。Facebookを久々に開き、ありがとうのメッセージを送りました。
すっかり癌が私の一部になっているので、「抗がん剤治療してます」の一言のパワーを忘れてました。
家族以外の人が、日本のどこかで自分のことを思ってくれているって、うれしいものですね。


そうそう、昨日母からも電話があり、荷物を送るとのこと。母に預けたお金を農協にもっていき、入金をしたそうな。
その時にくじを引いたら1等が当たったと。景品は缶に入った「おかき」とのこと。みんなで食べたけど、縁起がいいから少し送るとのこと。1/11の夜に到着予定です。
 ケモと仕事の後に、おいしいお茶を入れて食べようかな。
 次回に続く。


2018.01.17 Wednesday
倦怠感と疼痛
仕事から帰るとガス欠の日々です。1/11、11コース目ラストのケモの後、訪問2件こなして帰宅。母からの宅急便をキャッチ。
一等賞の「あられ」は一個ずつが個包装になっていたもので、りんごやサツマイモ、R-1ドリンク、プチトマトの隙間に埋め込まれていました。
さすが家族で唯一のB型女子のやることだなぁと思いながら、おいしくいただきました。


 この日の化学療法室はガラガラで、看護師さんが体調を色々聞いてくれました。
爪が指からはがれるような色になっていることを伝えると、アブラキサンの副作用のようで、初のアイスグローブを装着しての点滴となりました。
看護師さんは「もっと早く気づけばよかった~」と悔しがっておりましたが、そのプロ意識に感服であります。
 木曜日がケモになると、体調のリズムがちょっと狂い、何となく体が動かない。かつ我慢できる程度の疼痛が断続的に続いてちょっと厄介。


1/16、12コース目スタート。本日は血液検査、CT、治験薬のみの点滴なので、朝早くから再受付機に並んだものの、診察券の磁気がアホになっており、受付のお姉さんに再発行してもらいました。
血液検査の順番が遅くなる~と心配しましたが、不幸中の幸い、私の好きな技師さんに大当たり~で、痛みなく4本採血しました。
技師さんは私の血管がだいぶ傷んでいることをいつも気にしてくれています。
今日はむくんだ左腕で採血、傷んだ血管の右腕で造影剤の注入、ポートで治験薬の点滴とフル活動です。CT室の看護師さん、珍しく穿刺失敗。
今後はポートを使って造影剤入れられないか聞いてみよう。CTの結果は鎖骨リンパ、腋窩リンパのガンはお変わりなし。


左乳のガンは大きくはなってないけど、画像では「濃く」なっているとのこと。どういう意味かは説明なし。
私が思うに、ガンの性質は私の性格によく似ているので、体をめぐっていたら、抗がん剤に当たって痛い目をみることを学習して、
ホームにとどまることを選択したのではないかと考えました。
ちんちくりんは、硬さは変わらないか聞いてきましたが、それよりも、我慢できるけど、痛みがコントロールしづらくなってきたことを伝えました。
治験はこのまま継続とのこと。 ちなみに血液検査は問題なし。「H」がついていたのは間接ビリルビンの値のみ。
コレステロールも少しずつ下がり、中性脂肪もベストな値におさまりました。


アミラーゼ、リパーゼも基準値内。底値になってもいい白血球も、すでに十分回復。私の細胞の学習能力というか適応能力は素晴らしいねぇと感心しましたが、ガン細胞も私の細胞なので、困ったものです。
きっと、抗がん剤にちゃっかり適応してきているのではなかろうかと思います。他の臓器に行くではないぞ。
ケモ室の応援に入っていた緩和ケアの看護師さんと話す機会があり、痛み止めにEVEちゃん使ってると言ったら、
「いぶ」と苦笑。もう効かないよね~「ちんちくりん、ロキソ出せや」と言ってくれました。ロキソも効いたり効かなかったりなんだけどねぇ。
「痛みを我慢してたら、効かなくなるからなぁ」とも言われましたが、痛みには我慢強い私は、どこまでが我慢になるのかがよくわからんのです。
 現段階のデータでは、無増悪期間の中央値が8ヶ月ちょいなので、薬がそろそろ効かなくなってくるんではなかろうかと思うこの頃です。さてどうなることやら。
次回に続く。



2018.01.22 Monday
身体と心の大寒
1月17日、咳で目覚めました。鼻腔と咽頭から喉頭にかけての空気の流れが刺激になって咳がでます。痰は少量、透明もしくは白色粘稠痰。風邪の時の咳とは何だか違う感じ。
おさまったかと思うと不意に咳き込み。ちょこちょこと水分をとって潤しながら、ごまかしごまかし仕事をしてきたけど、21日は咳が出ると止まらん。声も変になってきた。
鼻腔に装着する鼻マスクを買ったのですが、鼻も少し詰まっているせいで口呼吸になってしまい、今一つ。


 おまけに右口角が痛い。舌の中央もちょっとヒリヒリ。相変わらず左腕は右と比べて1.3倍の太さ。
CTの時の2か所の穿刺部分が赤くポツっとはれて痒い。これは治験薬のせい。 胸の痛みはちょっとまし。 半分変色した左薬指の爪を椅子のカバーにひっかけてしまい鈍痛。
 おまけに足の小指を何かにぶつけて痛い。 地味な副作用と小さいトラブルの積み重ねで、大寒到来。
今月は点滴スキップの週がないため、明日通院日なのであります。いつもは点滴後に仕事をしていたのですが、月曜日は遠いところの訪問ばかりなので、自分を甘やかして休みにさせてもらいました。


あれしたい、これしたいという思いはあるのですが、その時のなーんとなくの気分で、なーんにもしないことの方が多くなっています。
 治癒のための抗がん剤でなく、生きるための抗がん剤。延命のための抗がん剤。
何年か前に、私のことを「人の3倍分を生きてきたのね」と言った人がいました。
確かに、40歳までにやりたいことをリストアップして、一応すべて叶えてきたので、言い得ているなあとは思いました。


その後は特に執着してやりたいということがなく、10年間は働きまくって稼いじゃえ~と休みなく突っ走った5年間。
5年目にしてガン患者になり、いつ死んでもそんなに悔いはないなぁと思っていて、でも、年金の積み立てがもったいないなぁと考えて、ガンと100歳まで共生できたらギネス級だねぇ、なーんて呑気なことを妄想していました医療職でなかったら、治験でなかったら、抗がん剤治療続けてたかなぁ。
生きることって大変。難病の方の気持ちがほんの少しだけ、じわーっと沁み込んできます。 生き続けたその先に何が見えるのか、それを知りたくて明日も頑張るのです
次回に続く。



2018.01.23 Tuesday
インフルエンザ騒ぎ
1月22日は月曜日なので代わりの女医さんでした。笑顔のないクールな感じの方です。3回目だし、血液検査は問題ないので、3分診療で終了。
診察は問題なかったのですが、その前の採血が大変でした。採血担当は3週続けて大好きな技師さん。右腕は造影剤の穿刺失敗で、2か所がかゆかゆでポツっと腫れていたので、むくんだ左腕でお願いしました。
全然痛くなかったのですが、血管に針が入らないみたいで、なんと2回失敗。何度も「ごめんなー」と言って「別の担当に代わるわー」と。
サルも木から落ちる、弘法も筆の誤りとは言ったものだなぁと。若いお姉さんの技師さんがやってきて2人で左腕の血管を捜索したものの、ぽってりとむくんだ左腕は難しそうだったので、私から「右でもいいですよ~」とヤクの常習者のような右腕を差し出して、それで何とか採血ができました。

ケモ室はガラガラ。看護師さんの数も少なめ。
前置薬が終わった頃にはいつもの元気な看護師さん登場。他の外来に応援に行ってたご様子。話声をぼんやり効いていると、外国人旅行客がインフル疑いで受診してきたと。それもマスクせず。前日はUSJで楽しんでたと。きっとマスクもせず。


 こうやってインフルが大流行しちゃうんだねぇと思っていたら、帰宅後に施設の上司からSMSが届きました。
「Rくん、インフルB型でした。要注意です。」おいおい、彼の鼻水を拭いたり、浣腸後のおむつ替えたり、ごはん食べさせたりしたの、私だよ~。この咳はもしかしてインフルも関係してるのか?と冷や冷やしていましたが、熱がでることもなく、麻薬並みのステロイドのおかげで咳も少しずつおさまり、ナチュラルハイの時間を最大限利用して、報告書の送信、家事、そしてブログの更新をしました。もうそろそろガス欠になりそうなので、今日はちゃんと寝て、明日も仕事頑張りますぞ。
 次回に続く。



2018.01.30 Tuesday
ムクミブルー
1月30日12コース目無事終了。血液検査はばっちり。ちんちくりんはガン患者に向かって「お元気そうですね」と。
だけど私は実のところ、前日から浮腫んだ左腕がだるいのと、二の腕から脇にかけて痛いのとで、気分はブルー。
朝からEVEちゃんも飲んでるので頭はボー。あんたは内科医にはなれんわ。と心の中で文句を言っておりました。
先週は仕事が少なかったせいもあり、身体も心ものんびり、だらだら。そのかいあってか、これといって気になる副作用はなし。
休息は大事なのねと思っていたところに、突如として現れたムクミブルー。


月曜日、久々5件の気合いのいる方の訪問だったからかしら?痛みが胸にも伝わって悪夢の疼痛が出そうになったので、久しぶりのEVEちゃんをポイっと服用し何とか就寝できました胸と腹?の境目付近にポツっと肌色のイボが出現してましたが、ちょっと様子見で、ちんちくりんには内緒。
私の左乳2/3はカッチカチ。もう何ができてもガンの端くれでしかないでしょう。手術できる方がうらやましい今日はデキサートとアロキシの効きも今一つで、何となく不調。
生薬の入ってない栄養ドリンクで無理やり持ち上げて、仕事を2件こなしました。何とか復調の兆し。明日は皆既月食、見れるかな。
次回に続く。
 



2018.02.21 Wednesday
確定申告
2月20日、休薬ウィーク明けの通院日です。ダイエットで1kg減量しました。
白血球、好中球は軽くクリア。休薬中は2/12の2:55a.m.に疼痛で覚醒。2度目ともなると痛さは変わらないものの、1時間もすれば消えるとわかっていたので、ロキソニンを服薬してじっと我慢。今回は30分ちょいで入眠。なので、ロキソプロフェンを胃薬と合わせて院内処方してもらいました。
1日3錠、14日分。自己負担は1000円ちょい。治験の負担軽減費で賄えそうです。これで当分やりすごせるかな。
その他、ムクミ対策の弾性グローブを使用したからか、左親指の腹に米粒大のペンだこのようなものが出現。
弾性グローブの効果はというと、しないよりしたほうが、外した後の手の可動域が維持できるかなという程度です。


 さらにさらに、歩いたり、走ったりすると左下方の一部の脇腹の肉がゆれて鈍痛。
風呂場の椅子に座ると、右は薄い二段腹、左は厚い一段腹。サポートタイプのパンツをはいた日の夜は、左がぽってりとウエストゴムの上にのります。
左半身はれっきとしたおばさん、右半身は何とか頑張って若作りしているお姉さんになってます。
 以上のことをかいつまんで話し、「おなかもむくむんですか~」と事情を説明。触り心地はムクミでないらしい。訪問先のジジイにも「太い」だの「丸くなった」だの言われたことを愚痴ると、悲しそうな表情をするだけのちんちくりんでした。


 さてさて今年の確定申告は、初めての医療費控除を申請させていただきました。
昨年の6月から少しずつ仕事を減らしていき、100万以上収入は下がりましたが、それでも結構稼ぎましたな~と自分をホメホメ。
昨年のふるさと納税は6万円分。保険料の控除は上限いっぱいの12万円。楽天ポイントとTポイントをいっぱいためて、こまごましたものを買ったなぁ。
医療費の明細書を作るのにちょっと時間はかかりましたが、約10万ちょいの控除になりました。
ちなみにガン診断一時金は非課税です。手術も補填された費用だけ記入すればOKで、おまけでたくさんもらった分は、私のおこづかい。
で、追加の所得税は34000円と前年度のほぼ半額で済みました。これもパソコンからクレジットカード払いにして、ポイントをゲット。
書類は郵送、205円なり~。いつもぎりぎりだったのに、今年は余裕をもって申告しました。さて今年はどれぐらいの収入になるかな。ふるさと納税は何にしようかな。
次回に続く。

   



2018.02.08 Thursday
13コース目スタート
2月6日13コース目、スタート。 採血は1回失敗されましたが、白血球は問題なし。生化学検査では今回初めて血清総蛋白とアルブミンにLがついてました。
 乳の痛みは我慢できる程度で断続的にありまして、今回は点滴中に痛くなって、あまり眠れませんでした。
 ムクミで大根足ならぬ大根腕になっているため、朝の着替えには毎回「えいっ」と気合が必要です。


手のムクミは治験の看護師さんから弾性グローブも勧められたので、さっきネットでぽちっと注文。
乳と腹の境目にできたイボみたいなもの、一週間たっても消えていなかったので、ちんちくりんに報告。


一か所はやはりガンかなーと。もう一か所は下着との接触でできたものかなーと。それよりもムクミがひどいので、CT画像と見比べながら腋窩リンパをさわさわ。
「手術してないよねぇ」と。 おい、主治医、ボケたんかい。切除不能のトリプルネガティブ乳癌の治験ですけど。
 と心の中で毒づいてましたが、それくらいのムクミなのね~。 それよりも体重増加のほうがびっくりだわ。
服のサイズは変わってないのに。目が飛び出るほどの体重になってました。仕事以外は寒くてあんまり動いてないもんね。来週は休薬なので、この2週間はダイエットウィーク!でがんばるのだ~。


 ここで父の話。母から生存確認の電話があった時に、面白い話を教えてあげると。
父が友人に寒中水泳をしたと言っていたので、どういうことじゃ?と聞いていたら、池に落ちたらしい。そのままスーパーカブで家に帰ってお風呂に入って着替えたと。妹もそれを聞いて大笑いしたと。私も大笑い。
81歳の父ですが、よく心臓止まらなかったよね。7年前に心臓のバイパス手術してんのにね。なのにまだタバコがやめられない。
胃がんの手術から半年もたってないのに、よく食べているそうな。 長寿遺伝子は私にもあるはず。きっと私ものらりくらり生きられるはず。
次回に続く。
 


2018.02.25 Sunday
休日
ふってわいたような休日になりました。久しぶりの完全フリー。
何だか落ち着かないのですが、先週の木曜日から鼻が詰まりだし、鼻水、くしゃみが続いているため、家からは一歩も出ず、洗濯と掃除と料理と昼寝と報告書の記入で一日を終えようとしています。以前にくらべ、ちゃきちゃきと動けないのがはがゆいところです。


ちなみにシチューを作ったのですが、ボーっとしてかき混ぜるのを忘れたため、ちょっと焦げました。
茄子とピーマンの味噌炒めは適当に味をつけた割にはおいしくできたのですが、タッパーがフライパンに接触してたようで、ちょっと溶けました。
 ムクミは日中はまだましなのですが、夕方になるとムクムク成長し、左肩の可動域制限が強まるので、着替えもハアハア言いながら行っています。
まるでババアです。 毎食後痛み止めを飲んでいるものの、やはり効きはいま一つ。痛いときは痛い。


一日に3回も痛み止めを定期的に服用するのはこれまでの人生でなかったことなので、胃のムカムカ感といいますか、何ともいえない気持ち悪さが時折現れます。 鼻の症状が風邪なのか、花粉症の発症なのかは不明。
鼻の穴にティッシュペーパーを突っ込んで、マスクをして過ごしました。思い返せば去年の9月ごろからずっと風邪を引いています。治験なので、風邪薬を飲んだのは1回だけ。
インフルエンザには罹っていませんが、診断されてなかっただけかも。咳が治まったら、鼻水、鼻づまり、このプチ不調に心が折れます。


 そんな中、PRAfricaというNGOで活動していたときのボスからメールが来てました。
支援をしている子どもに手紙の返事を送ったのですが、無事に届いた様子。去年の9月に船便で送った支援物資の荷物も届いたよう。
支援をしているのは小学生の女の子ですが、看護師になるのが夢なので、ガンのことを伝えてもいっかーと思って、英文でさらーっと書いたのをボスが見つけたようで、
so~sorryと、みんなの写真を添付してくれました。「ごめんね~」も「かわいそうに!」も「sorry」なのが未だにしっくりきませんが、赤土と空の青さと光の強さを懐かしく感じました。
なーんにもないところだけど、新しい図書館が完成したらお祝いに飛んでいきたいなぁ。
あの頃は160cm、50kg、スリムだったなぁ。トホホ。
 次回に続く。


 2018.03.01 Thursday
腫瘍マーカー
2月27日、14コース目開始です。左腕のムクミの惨状と月曜日からできている頸の左下リンパ節の腫れを訴えました。
リンパ節の腫れはアーモンドチョコレートを一回り大きくしたサイズ。頭を右に傾けると目立ちます。
首から腕にかけての痛だるさにため息です。リンパ節の腫れは触診で確認のみ。
3月20日のCTを待つしかないようです。 鼻風邪はちょっぴり残っているせいか、白血球の数はばっちり。


診察室で「去年の9月からずっと風邪ひいてますもんねぇ」とぼやくと、みんな苦笑。
血液検査は間接ビリルビン、血清総蛋白、アルブミンで「L」のマークがついてました。ムクミの原因の一つかな。
風邪のせいかCRPは0.25でH。 表題の腫瘍マーカーですが、CEAがついに基準値をちょっと超えました。CEAの基準は0~4ですが、2月6日で4.0、2月27日で5.6です。急激に上がっているわけではないので、治験の中止とまではいかないかなと。


CA15-3は治験を始めたころが一番高く、と言っても基準値内ですが、ちょっと下がったりちょっと上がったりの繰り返しです。
なので薬が効いてないわけではないよう。私にとって治験薬はキートルーダーなのかキーテネーダーなのか不明。
CEAの数値の上昇が、消化器からなのか乳がんからなのかも、いま一つ不明。


痛み止めについての質問には「効きも今一つだし、飲んだ後に何か気持ち悪くなる」ことを訴えて、「いざというときだけ飲むことにしました」とお伝えしました。
 点滴後はぼんやりしていて、会計後に診察券を紛失。
だるーい中帰宅して、仕事に行く準備をして、カフェオレを飲みながらお取り寄せのパン屋さんのカップケーキを食べたら、あら不思議。
ステロイドとカップケーキの相乗効果で「元気100倍、アンパンマン」と2件の訪問に楽しく行けました。
 本日、午前はフリー。
今朝も痛み止めは飲んでいないのですが、痛みもちょこちょこあり、気持ち悪さもあり、あら、痛み止めのせいではなかったのかいな?
元気をくれたお取り寄せのパン屋さんのカップケーキにも手が出ず。「早く食べないとおいしくなくなっちゃう」と思っても食べる気がでず。またまたトホホ。
 次回に続く。


2018.03.05 Monday
なくしたもの
ムカムカ感は2日の昼まで続きましたが、少しずつ回復し、何とか仕事をこなして20時半帰宅。
調子に乗って1年ぶりくらいにメンチカツを食べました。3日から鼻をかむと血が混じるようになってきました。
鼻をかんだ時だけなので、そんなに心配していませんが、朝起きて鼻血ブーだったらホラー映画だなぁと、フッと失笑。


3日土曜日は乳のわきが痛くて、昼ご飯の後にロキソプロフェンを飲みましたが、全く効かず。痛みに耐えて施設で仕事。
この日は一日の半分は痛みに耐えておりました。4日、なんとお休みをもらい、2週連続の日曜休み。掃除と料理を頑張りました。
昨日のこともあり、ロキソプロフェンを昼に飲んだものの、30分後、気持ち悪くなったため横になってテレビで頭をごまかしました。
 左腕のムクミのせいで、入眠前は肩が痛くてかないません。


今日は体温37.1~37.3度で推移。訪問は何とか4件こなしましした。 体調に比例して頭ボーのせいでものを落としたり、なくしたりすることが多くなりました。
なので、表題のなくしたものまとめ。 身近ななくしものは、某訪問看護ステーションのネームホルダー、右眼のハードコンタクトレンズ、診察券、エコバッグ。
 なくしても、そんなに困ることはなかったのですが、それでも私にしては多いなぁ。なくしてこまっているものは、肩の可動域、鼻毛と眉毛、握力。 アフリカでもうすでになくしたものは、はじらい、ときめき。


 治験がはじまってから、なくなった利用者さんは、受診のきっかけを作ってくれたSさん、一緒に死にましょうと言ったHさん、心配そうにじーっと見つめていたKさん、生命力の強さを見せてくれたIさん。 みんなから命を少しずついただいて、がんばってます。 明日も通院がんばります。
 次回に続く。



2018.03.06 Tuesday
Welcome back!
診察券をなくしたため、保険証の確認と合わせて再発行してもらおうと、有人の受付に並びました。
すると受付の方が「届いてますよ」と、ケースに入った診察券をだしてくれ、無事に私の手元に帰ってきました。
月初めの火曜日なだけあって、ババ混みです。採血は一本で結果がすぐ出るはずなのですが、診察までに2時間待ちでした。本日は、ちょっと気持ちが悪くなることが多いことを訴えました。


ちんちくりんは「胃がきりきり痛むような?」と尋ねてきたので、「胸のあたりがむかむかするような、何とも言えない気持ち悪さです」と答え、「胃腸は丈夫です。アフリカで下痢したことありません。」と付け加えておきました。
どうやら胃薬を出そうかと思っていたようです。私は抗がん剤の副作用か、治験薬の副作用かが、かるーく出てる程度かなと思ってました。


ケモ室の看護師さんにも話したら、風邪に似た軽い胃腸炎かも、との見解でした。
今日は前置薬のステロイドが程よく効いて、すっきりです。 その後に、セカンドオピニオンを受けたい旨を伝えました。
保険で同一疾病は1年に1回無料で使えるそうなので、ちょっと電話してみたところ、提携先がここO医療センターとG研A病院。
担当の方に、必要なものや、いつまでに準備できるか、現時点での治験後の治療方針を確認して下さいと言われました。
まずは治験の看護師にセカンドオピニオンを受けたい話をしてもいいか確認すると、笑顔で「いいですよ~」と。
なので、ちんちくりんも軽く「はい、はい」と言うだろうと思ったのですが、なんか動揺。


 治験後は元のR病院に帰るつもりでいること(なんせ徒歩10分かかりませんから)、G研A病院で治療を受けるつもりは全くないことをお伝えし、3/20のCTの結果の前に、治験の継続・終了に関わらずスケジュール調整したいこと、治験を始めたのは、仕事が忙しい中でのガン宣告だったので、
とりあえず治療しながら、様子を見て今後のことを考えたらいいかなと思っていたと話しました。


ちんちくりんから治験後の治療方針の話がまるで出ないので、こちらから、「治験が継続できないとなったときは薬を変えるんですか~」と聞いたら「治験はほかにも色々あるから」との答え。っていうか答えになってないので、
治験にはこだわっていないし、保険金がっさりいただいているので治療費は関係ないと言いました。
 というのはR病院の先生も、治験だと費用の負担がなくなるから、と言われていたからです。


45歳独身女性は金銭的に困っているように見られるのか…。まあ、診断に必要な検査や抗がん剤、制吐剤のお値段は患者にならないとわからなかったもんね。
 結局くだくだした不毛なやり取りをしながら、3月いっぱいまでに資料は揃えられるよというお返事だけはしっかりいただき、保険会社の担当の方にお伝えしました。
その内容は後日。 点滴終了後、会計に行くと2月20日の受診日に費用を多くもらいすぎていたとのことで、1200円の返金がありました。
ということで、診察券、1200円、Welcome back!


 帰宅して「なぜに1200円」「薬代か?」と思いながら明細書を見たところ、「携帯型ディスポーザブル注入ポンプ化学療法用 1個」との文字が。
 誰が間違えて入力したのであろう…。ちんちくりんに対する疑惑が深まった一日でした。
 次回に続く。


  2018.03.19 Monday
誕生日
久々のブログです。左肩とむくんだ腕の痛みと乳と脇腹の地味な痛みが続いています。
2日に1回は「うぉー」と疼痛が来て、効果が今一つのロキソを飲みながら必死のパッチでやり過ごしています。そのせいか口内炎2個出現。
仕事は休まずに、というか休みなしでやっています。仕事中に例の疼痛が来たときは笑顔がゆがみます。


 そんな中46歳の誕生日を無事迎えました。 出勤前に母から電話。母「おめでとうじゃないけど、どう?」私「痛いよぉ~。痛み止め飲んでじーっと我慢するしかないけど。」と軽ーく言いました。
母「何て言ってあげたらいいか、わからんけど」母「お金どうこうじゃなく、お母さん面倒みるから、無理せんと帰ったら」と。
私はいずれは実家に帰るつもりなので、その旨はお伝え。実家があるって、心に余裕ができますな。以前は頑張れモードの口調だったのですが、今はほどよい口調、たわいない会話でほっこりします。
 昨日、今日はしんどさを「あと少し」「もう少し」とだましだましやり過ごしました。
友達から私と電話した夢を見たとおめでとうメールが来たり、訪看の所長さん2人からメールが来たりしたのですが、返信できずじまい。明日の結果が分かってからゆっくり送ろうと思ってます。


 今日はアフリカから子どもたちが折った千羽鶴ならぬ二百数十羽鶴が届きました。
結構きれいに折れていてびっくり。壁につるして眺めています。絶対会いに行くからね。Apwoyo Matek!
次回に続く
   


 
2018.03.27 Tuesday
CTの結果
CTの結果の前に血液検査の結果から。腫瘍マーカーですが、CEAは5.6から6.1へ微増。
CA15-3は基準値内ですが、13.1から14.9で過去最高。白血球や赤血球は問題なし。CTの結果は、左乳の腫瘍は7.0cmから7.6cmに成長。脇のリンパ節は私の目から見ても少し小さくなっていました。


首のリンパの腫れはガンが詰まってました。左脇腹の腫れは「脂肪かな」と。
左乳に膿疱がある模様。 ちんちくりん曰く免疫のお薬はいったん腫瘍が大きくなってから小さくなるので、もう少し様子を見てもいいかなと。
アブラキサンの効果は薄くなってきているかもしれないけど。だけどね、もう10ヶ月も経つのよ。
大きくなって、小さくなって開始時と同じだったら失笑だわ。他臓器の転移を抑えるのが目的なんでしょうけれど。


 さらに曰く、肝臓に何個も転移してたら中止だけど。 そうだったらここに来ていません。
っていうか、例えが極端すぎて説得力がない。 一応中止基準は20%の増大らしい。 左乳の赤味や腫れが広がっていることを伝えると、「ちょっと見せて」と。
「前もあった?」と。 ちんちくりんは視覚的記憶が今一つの様子。視点が男と女では違うのね。 「写真撮らせて」と、はじめてセミヌード写真を撮られました。
 この日は放射線科のDr.の所見待ちだったようで、診察室に入ったのが12時過ぎ。ケモ終了が16時過ぎ。最終の利用者さんはキャンセルにしてもらい、17時半から一件訪問をして終了。
 先週は腋窩と鎖骨下と肩関節が痛む日々でした。
 次回に続く。


  2018.04.03 Tuesday
セカンドオピニオンに向けて
本日通院日ですが、前回のことを書いていなかったのであわてて記録。前回は3月27日。
血液検査は相変わらず問題なし。肩の痛みに対しては湿布を処方してもらいました。治験担当の看護師さんが前回から変更。
以前も担当の方がお休みの時に顔を合わせていたので、特に問題なし。クールビューティーな若い方です。


引継ぎがたくさんなようで、お忙しそうでした。看護師さんと仕事の話をしていたら、その後隣に座っていたおば様が声をかけてくれました。
その方は8年経過後に再発・転移して見つかったそう。お互い病気の愚痴をいいながらも、病気のことばかり考えても仕方ないわね~と。
同じ病気の方とのたわいない会話が結構ほっとするものです。 ケモの後に再診察があり、ちんちくりんから診療情報提供書等をもらいました。
資料は次の日にA病院に送り、セカンドオピニオンサービスの担当の方に電話。


 セカンドオピニオン先の先生はネットで調べましたが、かなりおえらい先生なようで、ちんちくりんもまじめにサマリー書いてまして、次回のCTの予約も決めました。
多分遺伝子カウンセリングの話が出るかもということで、BRCA変異の話もしてくれました。そこのところはすでに知識習得済み。自分の実感としては、当てはまらないような印象。
ただ父の姉と母方の祖母が私と同年齢の時に乳がんになってるのよね。昔だから乳をばっさり切ったからか、再発はなかったけどね。


 ケモ後の日々は相変わらず低空飛行ですが、乳の疼痛はなし。
そのかわり脇腹が痛むことが多くありました。あと倦怠感というかなんとも言えないだるさで、よく寝てました。
眠たいときに寝ていたので、朝4時ぐらいに目が覚めて、もそもそと活動をしておりました。 肩の痛みは湿布のスーッとした感じがよくて、痛みがまぎれます。
可動域制限は相変わらず強いものの、若干むくみが引いている印象。そのかわり、痒い。
で湿布を貼っていたところにぶつぶつ。かぶれてちゃったかしら。ユースキンのかゆみ止めですぐに鎮静。ではそろそろヅラをつけて出かけるとしますか。
次回に続く。


2018.04.08 Sunday


小さなwish
4月3日、15コース最終日です。今日は受付番号1番。2回目です。いつものように採血を終えて、診察待ちをしていると、病院ボランティアの方が車椅子の白髪の老人を押して登場。
「ここで待っているといいんですかね」とボランティアの方が言うので、暇を持て余している私は、「隣に行きますよ」と車椅子のおじいさまの隣に座って、
ボランティアの人をお見送り。おじいさまの身の上話を聞きながら、いつもとは違う待ち時間を過ごしました。一人で通院されているとのこと。
奥様は10年以上前に先立たれたそうですが、携帯の待ち受けには奥様の笑顔の写真がありました。おじいさまは形成外科を受診、その後は看護師さんが会計まで連れて行ってくれたようです。


 私の診察は、相変わらず血液検査は問題なし。ちんちくりんは「湿布はどう?」と尋ねるので、使用感は良いのだけど、ぶつぶつができたことを報告。
パンパンの左腕が痒いことを訴えると、レスタミンコーワを処方してくれました。湿布は「訪問先の利用者さんからいっぱいもらったのでいいです」と伝えると、苦笑。
 ケモ室では12日にセカンドオピニオンに行くことを報告。「いい、いい、行ってきて」と。
抗がん剤の効きの悪さは、ケモ室の看護師さんもうすうす感じてたのではと思うのであります。


 水曜日に某訪問看護ステーションに寄ると、事務の方が近所のちょっと大きな病院にリンパ療法士の資格を持った看護師さんがいるとの情報をくれ、連絡をとってくれました。
木曜日にその方から電話があり、11日に血管外科を受診しようかと、で12日にG研A病院に行くこともお伝えすると、なんと血管外科のY先生はG研A病院にもお勤めとのこと。何て奇遇。後でネットで調べてみるとK大附属病院にも行っているそう。
何はともあれ、この腕の対処法を教えてもらいたいものです。 痛みは相変わらず、出たりひっこんたり。
我慢の子ですごしています。起床時の左腕のしびれ感は半端ない。


ペットボトルのキャップがなかなか開けられない。訪問先の利用者さんの現実を追体験しております。
次の通院日は仕事の都合で9日。女医さんが担当してくれるので、左の脇腹の脂肪の塊を触って(つかんで)見てもらおうと考えております。
ちょっと引きつれるような感覚があるのよね。ちんちくりんの触り方はなんか遠慮気味なの。私はあなたに全然ドキドキしないのよ。
次回に続く。

 

 

 

 

 
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