● コロナになっ僕もかかってしまった。その体験です。

コロナ体験
 まさか自分がコロナになるとは想像できなかった。
■ 4月28日(水)PCR検査している近所のクリニックに行った。(初めて行ったクリニックだけど、周りの人が「あそこの医院はPCRしてくれるらしい!」という話を聞いたから。平日の10時半頃。
■ 30分もせずに「陽性です。コロナにかかっています」と言われた。
コロナ

 それからが大変。救急車が自宅に来て。部屋に入りドアも窓も開けて(まだ寒い時期)入院先を問い合わせしていた。
 ところが入院先が決まらないので朝のの11時に来た救急車が夜の11時まで12時間ほど部屋の内外をウロウロしていた。にやっと行き先が決まって、12時間ほどしてから豊中市の市立病院まで運ばれた。
 救急車に乗ったころは僕の意識がなく。今から考えればなんの記憶もない。(しかし、近くにいた、僕の友人等は「歩いて救急車に乗っていたよ!」と後日言っていた。

●集中治療室

■ 豊中の病院に入ってからは集中治療室。本人は何の記憶もないからどんな治療されたのかもわからない。
■ 口に酸素。と点滴ばかりの生活だったと想像する(重症者の部類だ)

■ この間は何日間も僕は夢を見ていたようだ。まるで三途の川を歩いているようだ!苦しくもないし楽しくもない。痛みや苦しさは別のところに行ったのかもしれない。

■ 集中治療室から一般病棟に移ったは5月12日(後で看護士さんに聞いた。)15日間だったらしいがもっと長い日が経過したように思う。

●一般病棟

 
 一般病棟ではスマホも使える普通の電波が飛んでいる。いままで15日間、外部とに接触とか電話とかできなかったが。メールやラインくらいできるようになると言われた。しかし、バッテリーも0になっているし充電しても一からの設定なので2~3日使えなかったし、使い方も忘れてしまっていた。

 もちろん携帯も持参で入院していたのが、wi-fiは飛んでいなかった。

■ 退院したのは5月25日(コロナで病院に入院していたのは27日間。この間は酸素と点滴の生活。一般病棟に行ってからはお粥も出たけど食欲がない。ほとんどベッドで寝ているだけ、点滴があるので動けない。(だから食欲もほとんど無い。ゼリーや牛乳みたいなものを食べていた。80%は残して捨てていた。

 一般病棟に来てからはリハビリもあった。リハビリあったと言っても、ほんの20分ほどリハビリの先生と歩行器で廊下を歩くだけ。あまり筋肉を戻すまでは行かない。

■ ほとんどベッドで寝ているか?ベッドで座っているか?しか自由は残されていない。一人で廊下を歩くのも、禁止されている。(一人で廊下を歩いて、倒れたら大変だから)

 辛かった痰の吸い込み。痰を出すこと。出せる人は喉をゴロゴロ鳴らして出せるらしいのだが、僕はすごく大変だったし、嫌いだった。夜寝ているときに咳をする人(痰(タン)がからんで深夜でも、口の中に水を少し入れて。器械で吸い出す。これが辛かったなあ。看護士さんに(今は勘弁してくださいよ!朝しましょう!)と、よく嫌がっていた。
隣の人は深夜寝ているときに痰がからんで咳をしている。(自分もそうだったのだろう)

 コロナ専用病棟って同じ病院に有るのだが、病院内の行き来もできないし、刑務所みたいな鉄のドアがついているし、建物が一緒だけだった。

●声がでない

 声が出なくなってしまった。朝から看護士さんが呼びかけてくれるのだが、返事は僕が首を振るだけ。「名前を言ってください!」と言われるんだが耳は聞こえても「ハイとかわかりました!」との答えがでない。

 ある時は「昨日は一言も話さなかったのに、今日は名前だけでも言ってくれた」と喜んでいた。それからは気をつけて生年月日も言うようになった。

 自分の年齢もわからなくなってしまった。年齢も10歳くらい上に思うようになった。



●体重が減った
■ 集中治療室では点滴のみの生活。一般病棟に移っても、ほとんど寝たきりの生活なのでお腹は空かない。ヨーグルトとかゼリーのみで生活していた。
朝からど丼一杯にお粥とか?お昼も同じ量とか?出してはくれるのだけど。ほとんど食べなかったなあ!
 入院前は平均69.0kgだったが病院では体重計測はなかったけど、現在は58.0kgになった。マイナス-11kg。血圧も下がったし。普通の標準的な体重になった。

●保健所の配下

 入院費は無料だよ!と病院では言われていた。しかし何の自由もないし、普通の病院のように先生と相談して退院とかの自由はない。
 医師がそろそろ退院かなあ?と思っても、自宅のある保健所に連絡して調整する。

● 医療逼迫と病床不足
 ■テレビではベッドの数が50%以上になれば緊急事態だ!とかい言っているが。入院してわかった。
 最初は4人部屋に2人だから、ゆっくりだ!と思っていたら。途中で一人入ってきて4人部屋に3人になった。それでも余裕あるように思うが、その部屋は通路がほとんど狭いので個人の部屋のカーテンを閉めていたら車椅子も通れない狭さ。だから移動式レントゲンや車椅子がベッドのそばに行くときは僕の部屋のカーテンもオープンにする。

 それに看護士さんも足らないのでナースコールを押してもなかなか来ない日と、すぐ来てくれる時間帯がある。

● リハビリのために専門病院に転院したほうがいい。

コロナは治っていますが、1ケ月入院して筋肉が無くなっっているので自宅近くのリハビリ専門病院へ1ケ月位転院しませんか?と言われた。僕は拒否したから後に失敗して自宅で再び倒れることになる。
コロナの後遺症だ。(どうしても自宅で週に1日か2日仕事ですることがあったから帰りたかった。)後々の失敗。重症から復活した高齢者はリハビリもきっちりしたほうがいい。


●コロナにかかった原因

■ 自分の生活環境は普通にマスクして、行動していた。お店とかに入れば、消毒液やら手のひらに少しだけ付けての生活。

部屋中に除菌スプレーとかを撒くとか言うことはなかった。反省点はだから意識的には(周りはコロナの菌ばかりだよ!)という意識はなかったと思う

■ みんながくる共同部屋も有るんだが。そこは物置にみたいな状態になっていた。誰かが注意して消毒するわけではなく。誰も消毒もしない。たまに誰かがする。だからそこによく来る人もコロナになってしまった。いつも風通しをよくすればいいのだが締め切っていた状態なので。。

● コロナの後遺症
 ■ 記憶が怪しい。あやふやな状態。誰とも約束していないのに、自分で思い込んでしまう。
 もの忘れみたいなものだから認知症かな?と思うのだが、そうでもないらしい。
完治まで1年位かかるらしい。でも半年すればかなり改善すると病院では言われていた。

● コロナ差別

 入院したときに12時間家の前で救急車いたから有名になってしまった。
町内の人は全部知っている。(こういう話は大げさに伝わるから)2年前は町会の組長だったのに。。(笑)

いままで親しかった人も全然電話もなにもない。そばに近寄ればコロナになると思われている。ネットも何もしなくて他人の風聞だけで判断している人は特にそうだ。 まさに前科者みたいな扱いだ。。

● ワクチン接種

 コロナ病院から退院してから自宅にワクチン接種の接種券が届いているので、保健所に聞いてみた。抗体があると言われているので。ワクチン受けたほうがいいか?受けないでもいいか?保健所はわからない。「入院していた病院に聞いてください」だった。病院では受けてくださいと言われた。結局1回目も1ケ月間隔あけて2回目もワクチンを受けた

 

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